民主主義とは、異を唱えること・・憲法・人権・平和

民主主義とは、異を唱えることである。だからこそ、少数意見が大切にされる、という原理を明らかにした人がいた。近代を切り開いた先駆者の思想は、こういうところに立っていたのだと思う。(『いのち、韻あり』二二頁)

歴史を学ぶことは、今を生きるためであり、未来を創造することに役立ちたいためである。(『いのち、韻あり』二〇三頁)

さまざまな集まりの前に、せめて憲法前文でも読んだらどうかしら、と思いますね。憲法があるから、スポーツもたのしめる、それがしだいに大丈夫ではなくなっている世のなかですものね。だんだん変になっていくときに、憲法の精神をしっかり生活にとりこむことだと思うのです。(「女子教育もんだい」一九八四・秋)

一人一人は弱いから、集団を作るという発想は、極めて原初的なものだが、今でもよくそう言われる。たしかにその通りだけれど、しかし弱いから集まって、そのなかでいかに強くなってゆくか、ゆけたか。その過程にある屈折をどう踏みこえたのか。そこのところのたしかめが必要だと思う。だから、一方では強い一人一人が集団作りを、という願いを持ち続けてきた。というのは、弱いから集合という場合、弱いままでも、その集団の中にいれば、安住できるという甘えや、もたれかかりの安易さが感じられて、いやだからである。(「朝日ジャーナル」一九八三・七・一五)

その日のニュースや解説といっしょに、国民の声はこうだったと並べてスクラップに張れた日は、ほっと一息つける。仕事のためとはいえ、何のためにと思うこともあるが、長い歴史の瞬間に生き、その瞬間、瞬間が、また長い歴史を創ってゆく、こんな道筋を自分で納得することにもなるのだろうか。あるいはまだ、小学生でしかない孫娘たちがおとなになって、わたしの部屋をかきまわしたとき「ここにこんな作業があった」と目をとめることを期待してのことだろうか。(「サンケイ新聞」一九六八・二・一一)

高いもの、大きいもの、早いものが尊いと思わされてきました。人間ではお金のあるもの、学歴のあるもの、肩書のあるもの、地位の高いもの、それが、尊いとされるようになってまいりました。生命で言えば若いものほど尊い、じょうぶなものほど尊ばれ、幼いもの、年老いたものは無視されやすい、という傾向が出てきたのではないか、というふうに思われてならないのです。(『いのち、韻あり』一二七頁)

「精神の近代化」とは、個の確立、精神の自由、そして人間の尊重、そういう精神を自分の心に打ちたてることです。別の言葉でいってみれば、自分を大切にするということ、そのことは自分勝手のエゴとはちがいます。他をも大切にすること、つまり、人間を大切にすることに通じます。万人普遍の生命を大切にするということです。そのために限りなく自己追求を怠らない日常を持つことだということでしょう。(「新刊ニュース」)

世界は近くなった。孤島も極地も熱帯も亜熱帯も、どんな地域も、先進国も、途上国も、皮膚の色の違いも、みんなおたがいの言葉、暮らしを持ちよって近寄り合っている。それをまた、遠くへ向けてしまってはなるまい。離ればなれにする動きを許してはなるまい。そうでなければ、人類は孤立と滅亡の道を選ぶほかないことを、わたしたちは知っている。(『声は無けれど』一一二頁)

憲法の空洞化というような言葉が、ちらほら聞こえる現在、あるいは、一部でおおっぴらに取り沙汰される今日だが、憲法自身が空洞化するはずはない。そうさせたのはだれだったのか。何が原因でそうなったのか。わたしたち自身にこそ、自己点検と自己追及の大きな責任があると思う。憲法があるから大丈夫と条文にすがり、じゅうぶん生活のなかで現実化する努力を怠った、その責任をこれからどうとるか。どう改めていくかを、大きな問題にしなければならないと思う。(『声は無けれど』一八一頁)

秋篠の技芸天女の眼差しについて……この天女の作者は心憎いほどの深さを持つ人間ではなかったかとおもうの。おそらく乱世の辛い自分の内面を天女の眼差しに託したような気がするの。乱世を見るにしのびない心と、だからこそ、どんなことをしても、見届けておかなくてはならない心、それは民衆の中にもあったと思う。(『声は無けれど』二〇〇頁)

ローランの『魅せられたる魂』は、わたしたちをどんなに激励してくれたことだろう。戦争も末期のころ、わたしたちは、ただ自分の魂だけをこわさずに、持ち運ぶことを願った。汚れや、恥や、空しさがひどければ、精神は傷つくが、しかし魂は残る。せめてそれを間違いなく、しっかりと運んでいきたいと、そう願ったのも本の支えがあったからだったと思う。(「北海道新聞」一九八一・四)

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